渡名喜が一番

お正月(旧暦)記念に,島が一番だぞ,という話題を。

県道渡名喜港線

島にはいろいろな一番がありますが,これは意外というか,ショボイというか。県内最短の県道があるのです。その名も「県道渡名喜港線」。

総延長が25mという短さ!!。

あまりに短すぎて,地図上で位置が確認できず,これまで紹介できずにいたのです(役場で調べればすぐにわかることですが)。島の人に尋ねて,実際に歩測して確かめました。画面の左右端に写っている白い標柱の間が,25mの県道です。役場玄関とターミナル待合室を結んでいます。重要路線であることは確かなんですが…。

ちなみに,中央の建物は村役場の車庫(倉庫)となっています。

2007/02/03 渡名喜村渡名喜村役場前

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準備万端 明日は正月

年末を迎えて,集落内の家々は大掃除など正月準備に余念がない様子です。

って,昨年も紹介したように島では旧暦でお正月を祝うのです。その一つが「初砂」。今年はどこで集めているのか,確かめてみました。島の人たちから,南の浜でと聞いていたので,好天に誘われて足を伸ばしてみたのです。
初砂の準備
こちらのブログでは,実際に砂を集めている様子が紹介されています。

2007/02/12 渡名喜村ユブク浜

そして,準備が整うと,このように。

初砂

2007/02/16 渡名喜村集落内

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海の中は 春爛漫

アンジェーラ浜のアーサ養殖場
陸の上は,ようやく春がやってきたといった感じですが,海の中はもう春は過ぎゆくといったところです。

写真は渡名喜島南東海岸,アンジェーラ浜に広がるアーサの養殖場。既に何回か摘み取りが行なわれているようで,緑の“のりひび”もあと僅かになっていました。

2007/02/11 渡名喜村シュンジャギシから南東を望む

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モチキビ収穫

モチキビ収穫
梅雨入りしたハズなのに晴天が続いている沖縄地方。夏のような日差しを浴びて,モチキビの穂も色付いてきました。早くも収穫作業をしている畑もあります。こうして手作業で,一つひとつ刈り取っていくのですね。この後,繰り返し天日に干す作業が続きます。


2006/05/20 渡名喜村アガリウードー(集落南方の耕作地)

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ライトアップされた村道1号線

ライトアップされた村道1号線
先月,2006年3月から渡名喜の夜道もぐっと安心になりました。といっても,これまでだって,取り立てて不安なことがあったということではないのですが。

渡名喜村の集落はその総てが伝統的建造物群保存地区に選定されています。これに関連して,家屋の建て替え工事が進んでいます。その一環なのかもしれません(未確認)が,集落内のあちらこちらにライトが設置されたのです。街灯というにはあまりに低く,足元を明るくしているといえば聞こえはいいものの,上方への散乱を全く考慮に入れない設計になっています。その上,どうやら一晩中煌々と周囲を照らしているのです。「光害」ということを考えると,とても重要な問題を孕んでいるように思えます。

2006/04/01 渡名喜村集落内

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正月準備

初砂
お正月の準備の話を載せるのは,月遅れのような気もしますが,渡名喜島では旧正月の方が盛んですので,この時期になるのです。

写真は旧正月前日のある家のようす。どこが準備なのかというと,門柱の元に積まれた砂なのです。これを「初砂」というそうです。

毎度お世話になっている渡名喜村史には,トゥシヌユルー(大晦日)の記述に

その日は屋敷内の掃除をして浜から白い砂(初砂)を運んできて屋敷内や周りの道路にも真白くなるまでまく。浜の砂は正常なもので汚れを落とすものだという信仰による。
とあります。確かに混ざりものが無くて,小さく粒の揃った美しい砂でした。

2006/01/28 渡名喜村集落内

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人の暮らしのあるところ

人骨発見!
「人骨発見!」なんてタイトルにすると人目を引くのかもしれませんが...。

昼前に,そんな知らせがあって,現場に行ってきました。人骨かどうか見てもらいたい,というのです。数万年前のシカ化石は見たことがありますが,人骨は経験がないし,大体事件性があったら大変だから,巡査かドクターを呼んだ方がいいんじゃないか,などと思いながらも野次馬根性丸出しでカメラを持って走っていきました。

現場は海岸近くの砂地。防風防潮林の整備作業中に掘り当てたようです。まず見せられたのが写真の骨。一目で人骨とわかりました。大腿骨に骨盤の骨(寛骨)。中手骨と思しきものや椎骨のようなものもありました。重機で掘られた穴には,地表から2m程のところに腕の骨らしきものが埋まっているのが見られました。

現場周辺には,西底原遺跡B地点と呼ばれる9世紀頃の共同墓地跡があり,8体分の人骨が発見されています。また,ニシグショウ(北の後生)という墓地もあります。ですから,この骨も,古代から近世に何らかの理由で墓に入れられなかったものではないかと思うのですが,何しろ,琉球の葬制・墓制について,全く知識と理解が欠けているので,確かなことはわかりません。

今日は,午後から掘り出して,供養をするということでした。人が暮らしていくということは,こうした弔いの場もあるということですよね。今を生きているわたしたちは,あまり意識していませんが,足元には,そうした過去が埋まっていることを思い起こさせてくれる出来事でした。

2005/12/12 渡名喜村西底原

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生命線が繋がる瞬間

コンテナから荷物を取り出す
週末から日本を広く覆っていた寒波は,南の離島,渡名喜にも大きな影響を与えました。北からの季節風が強くなって,海は大荒れ。4・5・6日の3日間,欠航となってしまったのです。この島は物流のほぼ全てを一日一便の貨客船に頼っています。しかし,この船は久米島航路の大型船。渡名喜の港にはちょっと大き過ぎて,少し波が高くなると,この島には立ち寄らなくなるのです。

4日振りとなった今日の船からはコンテナが3つ降ろされました。どれも天井まで荷物がいっぱい。この中に島の商店で扱われる生鮮食料品や宅配便の荷物も入っています。たくさんの人が集まってきて,自分の荷物を探していました。

もちろん,郵便や新聞も4日振り。今日は目を通すものがたくさんありそうです。

2005/12/07 渡名喜港

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夜のたのしみ

夜のたのしみ「いざり」
島に住む人々の冬のたのしみは,何といってもこの「いざり」でしょう。11月を過ぎると,大潮の干潮時の潮位は夜間の方が低くなります。このため,夜行性の海岸動物が活動しているところへ,人間が近付きやすくなるのです。お目当てはアナダコなどのタコ類やチョウセンサザエなど。時にはイセエビ類も採れるそうです。この日は新月の大潮だったのですが,まだ時期の始めで潮位は高め。獲物もそれほどのようでしたが,写真はいくつかいいのが撮れました。

ところで,「いざり」は「躄(いざ)る」の中に,漁労のことが含まれているのかと思っていましたが,「漁る(いさる)」という別の言葉があるんですね。外房時代にイザリウオと遊んだ記憶が強烈だったので,どうも2つが重なってしまっていたようです。

2005/11/04 渡名喜村タカタ浜

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大きいっ!

サメの解体 「サメが揚がった」という連絡を受けて,港へ行ってみました。すると,既に解体が始まっていたのでした。吊り下げられたところを撮影したいなぁ,と思っていたので,ちょっと残念。それでも,3m近くある大きなサメ(2匹)がみるみると解体されていくようすは,とても見事で,しばらく見とれてしまいました。
種類は不明ですが,地域の方たちはイタチザメと呼んでいました。大きなブロックに分けられた後,人々にもらわれていきました。わたしたちも御裾分けを頂き,刺身やフライにして食べました。淡白な白身で,臭みも無く,とても美味しくて驚きました。サメの類はアンモニア臭があると思い込んでいたので。

2005/09/22 渡名喜漁港

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